1985年(昭和60年)、自民党の中曽根内閣において「派遣法」が成立した。第二次大戦後のおよそ40年間、人身売買と見なされ「職業安定法第44条(労働供給事業の禁止)」により禁止されていた。
本来ならば、刑罰のある「労基法違反」は取締まるべき犯罪である。中曽根内閣はまさに“犯罪を合法化”したのだった。
そして、ここに「派遣労働者」が誕生した。
派遣法の登場は、労働者から中間搾取で儲けるという“犯罪スキーム”を派遣会社に約束するものだった。派遣先企業は必要な期間だけ雇用するコストメリットを獲得し、派遣会社は中間搾取で利益を得た。
企業間は「Win-Win関係」となるが、派遣労働者は賃金交渉などの団体交渉権を実質的に失い、短期間の不安定な雇用という「安く使い捨てられるモノ」に変る。企業間だけが繁栄する犯罪スキームは、当然の帰結として巨大産業に発展させた。
厚生労働省ホームページの『令和5年度労働者派遣事業報告書の集計結果(速報)』によれば、派遣労働者数「約212万人」、売上高「9兆500億円」となっている。 派遣業界は自民党議員らに多額の献金を行い、派遣法改正のたびに規制緩和を獲得した。こうした企業・団体献金が「裏金問題」として大きく報道され、政治資金規正法が「ザル法」だと再び揶揄されている。
じつは、犯罪の合法化はもうひとつあったのだ。中曽根内閣は労基法外の労働力をつくるべく、安全な“労基法の潜脱制度”を示したのだった。
その制度を『労働省労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)』と言った。労働法学者や裁判官、弁護士などの専門家たちは、通称で「昭和60年報告」と呼ぶ。

ここから労基法を潜脱するこの制度を「昭和60年報告」と呼称しよう。
戦後、労基法の誕生により労働基準監督署(以下、労基署と略す)は、労基法の主旨に従い“偽装された”個人の事業者を「労働者認定」し、保護する労働行政を行ってきた。
しかし、昭和60年報告の導入によって「労働者性判断基準」の“判断項目”を満たさねば労働者と認定しないようになった。
企業は昭和60年報告の判断項目を研究し、労基署の判断を難しくする独特な契約内容や発注方法を考案する。その結果、労基法上の労働者は“特別な存在”と労基署内で神格化され、「認定しない」のが前提となってしまったのだ。
いまや、使用者が業務委託(請負)契約さえ労働者に結ばせれば、自動的に「事業者とみなす制度」に変貌している。そして、事業者を自認させる“法的正当性”を与える根拠にもつながった。
詳しいことはあとにゆずって、昭和60年報告を見て行こう。
犯罪の合法化から3年近くが経ち、政権は「竹下内閣」に変わっていた。おそらく“最初の犠牲者”となったのは芸能人だった。
ジャニーズ事務所に所属した人気アイドルグループ『光GENJI』のメンバー2人のことである。彼らは当時15歳未満だったが芸能活動を行っており、夜の生放送番組にも出演していた。
こうした事実を知った労基署は、ジャニーズ事務所に対して「労基法違反の疑い」で調査に入ったのである。
しかし、労基署は「昭和60年報告」を根拠として光GENJIのメンバー2人を「労働者ではない」としたのだ。これによりジャニーズ事務所に対する労基法違反の嫌疑も晴れた。
つまり、少年たちは労基法から“適用除外”され「事業者」とされたのである。
中曽根内閣は昭和60年報告により“労基法外”とすれば、15歳未満の児童であっても「労働」と「深夜労働」ができるようにしたのだった。法令遵守すべき政府が脱法した衝撃は小さいはずがない。
労働省は「昭和63年7月30日基収355号」通達を出し、全国の関係部署に周知した。これがいわゆる「芸能タレント通達」や「光GENJI通達」と呼ばれたものである。
ところが憲法第27条第3項は「③児童は、これを酷使してはならない。」と規定している。児童とは、児童福祉法第4条第1項に「この法律で、児童とは、満十八歳に満たない者をいい、 (後略) 」とある。
また厚労省が作成した『各種法令による児童等の年齢区分』によれば、おおむね「18歳未満の者」が児童と解されるようだ。

憲法に反するだけでなく労基法第56条第1項は具体的に「15歳未満の労働」を禁じており、同法第61条第1項も「15歳以下の深夜労働」を禁止している。
昭和60年報告が“労基法だけ”を狙った潜脱制度であるがゆえに、さまざまな法律に矛盾を生じさせていた。
たとえば2000年(平成12年)4月13日、国会の衆議院青少年問題に関する特別委員会において、坂上善秀議員の質疑がそれであった。 まず、労働省労働基準局長(当時)に対してつぎのように質問する。
(前略) ホリプロは摘発されてジャニーズ事務所は許されるというのはおかしいのではないかという声をよく聞きました。 (中略) ジャニーズ事務所に対する報道がある以上、少年たちの教育的な見地から、事務所の実態調査を行い、必要な指導を行うべきではないかと思います。 (後略) その後の指導監督はいかがになっておりますか、お伺いをいたします。
第147回国会 衆議院 青少年問題に関する特別委員会 第5号 平成12年4月13日 発言番号029 阪上善秀
ホリプロ所属のタレントが深夜に出演したことで、労基署が摘発した経緯の質問であった。また、文部省初等中等教育局長にもつぎの質問があった。
ジャニーズ事務所では、中学生の少年に平日のドラマの仕事が入る (中略) 学校教育法では、児童の使用者が「義務教育を受けることを妨げてはならない。」とありますが、いわゆる芸能プロダクション、学校長、子供に対してどのような指導をされておるのか、お伺いをいたします。
第147回国会 衆議院 青少年問題に関する特別委員会 第5号 平成12年4月13日 発言番号031 阪上善秀
ようするにフリーランスならば、義務教育の児童であっても労基法や学校教育法が無視されてもOKなのかという質問であった。
そして、つぎの質問が“極めつけ”である。
(前略) ホリプロは摘発されてジャニーズ事務所は許されるというのはおかしいのではないかという声をよく聞きました。 (中略) ジャニーズ事務所に対する報道がある以上、少年たちの教育的な見地から、事務所の実態調査を行い、必要な指導を行うべきではないかと思います。(後略) その後の指導監督はいかがになっておりますか、お伺いをいたします。
第147回国会 衆議院 青少年問題に関する特別委員会 第5号 平成12年4月13日 発言番号029 阪上善秀
厚生省児童家庭局長は、これに「児童虐待ではない」とつぎのように答弁した。
(前略) 私ども、手引で言うところの児童虐待には当たらないというふうに考えております。
第147回国会 衆議院 青少年問題に関する特別委員会 第5号 平成12年4月13日 発言番号039 厚生省児童家庭局長真野章
厚生省が手引きに規定した定義に該当しないから違法でないと言うのだ。質問した坂上議員さえも「その判断はおかしい」と言及している。
この質疑にはないが、当時の刑法では「177条(強姦罪)」が該当する。けれども被害者は「女性」に限定され、男児への強制わいせつは犯罪ではなかった。2017年(平成29年)、明治40年制定の「刑法」が110年ぶりに改正され、やっと男性が被害者に加えられたのだ。 さまざまな法律との矛盾解消どころか、国会や労基署、警察、メディアでさえも放置し黙認してきた結果、ジャニー喜多川氏の性加害が増え続けたのである。
本来ならば、こうした憲法に反する「昭和60年報告」という国の“制度設計”は無効であるはずだ。憲法にはつぎのようになっている。
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
日本国憲法第10章最高法規第98条第1項