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#2 名ばかり個人事業主は「ILO条約」によれば——ただの『強制労働』でしかない

自民党版現代奴隷制度

昭和60年報告は、「人が死ぬほど」に怖いものである。

ある日のことだが、メンバーたちは議員会館内の院内集会に参加した。フリーランスの厳しい現実を国会に「声」を届けるためであった。国会議員たちが居並ぶ檀上に立ったのは、メンバーにアイドル・タレントの母親だった。

それは、メンバー以外の当事者は「すでに、この世にいない」からだ。

メンバーはそのときの体験を思い出すと、こう述べる。「母親は、娘が死ぬとこれほど苦しむのか―—声をあげたくとも、彼女たちは声も上げられない」と、うつ向いた顔でよく言っていた。

個人とは、末弘博士が言う「搾取的弊害に陥り易い」存在なのである。

同じ制服を着ているのに、仕事も同じ内容なのに、労基法上の「労働者」と「事業者」が存在する。そんな事業者が過労死したら、何も残らない。仕事のトラブルも自己責任だ。

交通事故のように、誰もが「名ばかり個人事業主」に突然なる。

名ばかり個人事業主たちの多くは、使用者との示談や和解により極秘裏に終わる。死者が出て事件化しても、本質的な問題に触れられず、法改正などで済まされてしまう。

たとえば、「AV出演被害防止・救済法」がそうである。

なぜ、「AV出演拒否」する女性が高額賠償で訴えられるのか?労基法が適用されない「事業者」だからだ。AV出演を迫るほど、強度の「指揮命令拘束性」があるのに、契約の義務として片付けてきた。

すべては「昭和60年報告の堅持」のためだ。

やはり、この問題にも昭和60年報告の“矛盾”が露呈していた。

所属事務所の意向で、AV出演拒否の女性を提訴した弁護士は、日本弁護士連合会ならびに第2東京弁護士会において、懲戒審査などを受ける。懲戒審査の是非は置いておく。

問題は、つぎの条文が存在することである。

弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。

弁護士法第1章弁護士の使命及び職務第1条

昭和60年報告は、「弁護士」という存在にさえも、基本的人権の取扱いに矛盾を生じさせているのだ。

名ばかり個人事業主にとって、本当の“生き地獄”は、労基署への「申告」からである。それは、業務委託(請負)契約を結んだ「使用者」からの報復があるからだ。名ばかり個人事業主は、高額賠償に臆せず徹底的に戦うか、それとも奴隷になるのか選択が迫られる。

つまり、倒すか倒されるかを選ぶしかないのだ。

使用者は、民法・刑法の名誉棄損、民法上の事業損失や守秘義務違反の賠償請求、不正競争防止法などで訴えるはずだ。

実際にメンバーは、スーパーホテルより民法の名誉棄損1000万円、事業賠償に約2700万円を請求され、最高裁まで争う構えである。しかし、不正競争防止法の仮申立てで、マニュアル等の証拠原本が強制執行で押収された。

ある日、自宅の玄関に、突然、執行官らが現れた――インターホン越しに「ドアを開けて下さい。抵抗すると警察が身柄確保し、業者が玄関のカギを開けます。」と警告され、戦慄が走った。

東京地方裁判所の『占有証』

なぜ、こんなことが起きるのか?

それは、労基法第104条第2項によって、労働者(申告者)は解雇やその他不利益な扱いから保護される。しかし、名ばかり個人事業主は、労基法外だとして保護されないからだ。

自民党の“制度設計”は、「申告者」を“恣意的”に差別する。このような制度は、憲法が許していないはずだ。

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

日本国憲法第3章国民の権利及び義務第14条第1項

やっと戦う覚悟を決めたとしても、制度が“曖昧である”ために証拠収集が難しく、ただ途方に暮れたところからはじまる。

労基署に行けば、「労働者ではない」と契約書を見るだけで判断される。さらに使用者の金銭的法的プレッシャーを噛みしめながら、申告する価値がないことに後悔させられるのだ。

最後は、最高裁まで5年くらいの時間や訴訟費用をかける裁判しか、救済を求める選択肢がないことに気づく。しかも敗訴もあり得た。多くの人々は、仕事と裁判の両立、もしくは仕事と家庭、さらに裁判を抱える負担に思い悩んだ挙句、諦めるのだ。

松本清張が1959年(昭和34年)に発表した長編小説『霧の旗』さながらに、日本の法廷は資金力がものを言う実態は、当時とあまり変わらない。

ようするに昭和60年報告は、申告者を「泣き寝入り」に仕向ける制度でもある。

ジタバタもがくうちに、ILOのホームページに行き着いた。そこに、あるレポートが掲載されていた。それは、『現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚 ジュネーブ、2017年』(ウェブPDF版、日本語版2017年)というものである。

1947年(昭和22年)に「憲法」と「労基法」が施行され、奴隷制と強制労働は、日本から根絶された。その施行から80年近くが経って、国民の脳裏から奴隷制や強制労働の言葉すら忘れ去られる。安倍元首相の著書『美しい国へ』と、日本社会は発展していたはずであった。

しかし、先ほどの現代奴隷制のレポートは、メンバーたちに思いもよらない衝撃を与えた。

名ばかり個人事業主と「現代奴隷」は、まさに酷似していたのだ。

同レポートには、現代奴隷制について、つぎのような紹介がある。

現代奴隷制には強制労働、債務奴隷、強制結婚やその他の奴隷制及び奴隷制に類する慣行のほか、人身取引も含む一連の具体的な法的概念が包含されている。現代奴隷制に法的な定義はなく、これら法的概念の間にある共通性に関心を集中させる包括的用語として使用されている。この用語は実質的に、脅威、暴力、強要、欺瞞や権力乱用により、ある人間が拒絶することも、離れることもできない搾取状態を指している。

『現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚 ジュネーブ、2017年』(ウェブPDF版、日本語版2017年), p.11

現代奴隷制には、法的定義はないと言う。ただし、一連の具体的な法的概念が包含され、さまざまな搾取状態を示す総称した単語であった。現代奴隷の被害者たちの実体験も見てほしい。

まず、「過去」の奴隷制から見て行こう。

同レポートによれば、奴隷制は、1926年(大正15年)の「奴隷条約」第1条1項につぎのように定義されている。

所有権に付属する一部又は全部の権限が、人に対して行使される場合のその人の状態又は状況

奴隷条約(1926年(大正15年))第1条1項

国際法上の定義では、奴隷制とは“人間”の所有権制度であった。奴隷所有者は、当該奴隷の就学・労働・私生活までも、決定する権利を有していた。奴隷とされた被害者には、悪夢のような制度に他ならない。

じつは、幼少期をこうした奴隷として、奴隷解放宣言(1863年)を迎えた「最後の奴隷世代」は、それほど遠い過去の存在ではなかった。

ABCNewsは、1941年に録音されたジョージ・ジョンソン氏の貴重なインタビューを紹介している。彼は、南北戦争当時の南部連合国ジェファーソン・デイビス大統領の奴隷だった。

さらに1974年に録音されたセリア・ブラック氏のインタビューに対して、ハーバード大学のブラウン教授は、「1974年、私は6歳か7歳でした。私たちは同じ時代を生きていたのです。」と感想を述べている。

つぎに「現代」の奴隷制について同レポートを見る。

ILOは、複雑な法的概念を測定できるように「強制労働」と「強制結婚」の2つの主要形態に焦点を絞っている。ここでは、強制労働について、同レポートを追いかけて行く。

強制労働とは、同レポートから引用すると、1930年(昭和5年)のILO強制労働条約(第29号)第2条に、つぎのように定義されている。なお、日本は1932年に批准している。

ある者が処罰の脅威の下に強要され、かつ、右の者が自らの任意に申し出たものではない一切の労務

ILO強制労働条約(第29号)第2条

この定義から強制労働に相当するかどうかは、「ある者」と「使用者又は第三者」との関係性で判定されると言う。ゆえに作業条件が耐え難かったり、有害だったりしても、活動の種類や国内法で合法か違法かも関係ないと説明する。

すなわち、ILOが判定で重視するのは、第29号条約が定めた「非任意性(ある者が任意で申し出たものではなく)」と「処罰の脅威(使用者又は第三者の強要で遂行する)」の2つの判断基準だと述べている。

さらに、この強制労働は3つに定義し、分類されている。わかりやすくするために、自民党がつくった有名な強制労働も合わせて列挙したいと思う。

1つ目は、民間主体(個人・企業・団体)が労働搾取を目的に課す「強制労働搾取」。日本では、外国人技能実習制度、これから紹介する昭和60年報告もそうだ。言うまでもなく、政府公認の強制労働である。

2つ目には、民間主体が商業的性的搾取を目的に課す「成人の強制による性的搾取と子どもの商業的性的搾取」。BBCが世界に糾弾した「PREDATOR The Secret Scandal of J-Pop」のジャニーズジュニア。欧米先進国を中心に卑怯な敗戦国という日本のイメージは、政府と国民、メディアが児童強姦を公認する精神異常な国だと、さらなる説得力を持たせてしまった。

3つ目は、政府当局などが強制する「国家が課す強制労働」。今は書くことがない。

実際の世界推計から2016年時点における被害者が最も多いものについて、簡単に同レポートから示そう。現代奴隷制の被害者は、世界におよそ4030万人いる。そのうちの62%は「強制労働」の被害者であり、2490万人であった。

『現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚 ジュネーブ、2017年』(ウェブPDF版、日本語版2017年)p.15より

この強制労働の64%に当たる1600万人は、「強制労働搾取」の被害者である(p.22)。

『現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚 ジュネーブ、2017年』(ウェブPDF版、日本語版2017年)p.22より

そして、強制労働搾取の「部門別・男女別」の内訳は、つぎのとおりである。メンバーたちのようなホテルに関係する「宿泊・飲食業」もあり、強制労働搾取の被害者全体の10%を占めていた。

『現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚 ジュネーブ、2017年』(ウェブPDF版、日本語版2017年)p.26より

これまで紹介してきた「昭和60年報告」を思い出してほしい。

名ばかり個人事業主は、「事業者とは言えない者」を事業者と見なす『見なし型』。また、詳細に定めた契約の義務を「指揮命令権の行使」と判断しない『募集型』がある。

昭和60年報告により事業者だと自認する「錯覚した状態(非任意性)」で、業務委託(請負)契約を結び。自民党により労基法適用の申告さえも難しくされ、契約の義務という損害賠償や解約で「強要(処罰の脅威)」にさらされて働く人々である。

つまり、名ばかり個人事業主は、強制労働の「2つの判断基準」に適合しているのだ。

最後に、現代奴隷制の最前線にあるイギリスと日本を比較する。

2015年に『現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)』を制定したイギリスは、現代奴隷制を取り締まる最前線に立っている。内務省(Home Office)は、つぎのように紹介する。

Skynewsの報道によると、内務省は、英国人の現代奴隷が増えており、担当機関への相談件数の1/4は英国人だと言う。2位:アルバニア人、3位:ベトナム人と続く。また、警察が関与した事件のうち、有罪判決は50件に1件にも満たないことをSpecial Report: Exploited: Britain’s Hidden Slaves」の中で報道している。

このような報道は、現代奴隷制の摘発が難しいことを教えてくれている。強要形態が“巧妙かつ複雑”な手法であるために、検察側の勝訴が少なくなることを示しているのかもしれない。

詳しくは、『2021年イギリス現代奴隷制年次報告書』を見てほしい。

つぎに強要手段を検討しよう。イギリスの強要手段は、先に述べた『現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚 ジュネーブ、2017年』の図10に再び目をやると、14種類の強要手段が少なくとも存在することがわかる。

『現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚 ジュネーブ、2017年』(ウェブPDF版、日本語版2017年)p.30より

日本の場合は、制度なので契約に対する賠償請求という「罰金その他の金銭的処罰」が強要手段にしぼられるはずだ。

つまり、イギリスの手段は「多様性」があり、日本は「単一的」なのだ。

こうして考察すると、イギリス政府は国家の役割を果たそうとしている。しかし、戦後からずっと自民党が政府に君臨し、民間の一部に利益許与する現代奴隷制が堅持されてきたことになる。

日本はILO加盟国であり、条約の批准・未批准にかかわらず、国内法の整備や推進などの義務がある。そして、条約はつぎのように国内法と同じ効力がある。

② 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

日本国憲法第10章最高法規第98条第2項