本来ならば、刑罰のある「労基法違反」は、取締まるべき“犯罪”である。中曽根内閣は、まさに“犯罪を合法化”したのだった。
そして、ここに「派遣労働者」が誕生する。
派遣会社に「中間搾取」で儲けさせる犯罪の合法化は、当然の帰結として巨大産業を誕生させた。
厚生労働省ホームページの『令和5年度労働者派遣事業報告書の集計結果(速報)』によれば、派遣労働者数「約212万人」、売上高「9兆500億円」である。
派遣法改正のたび、派遣業界から自民党議員らに多額の献金が行われた。こうした企業・団体献金は、のちに「裏金問題」として大きく報道され、政治資金規正法は「ザル法」だと揶揄される。政府自民党を中心に、改正政治資金規正法が成立したが、この改正について特定非営利活動法人情報公開クリアリングハウスは、「裏金が長年発覚しなかった原因は何ら解消していない」と抗議声明を出している。
言わば、泥棒がつくった法の如く、事件の当事者(自民党)がその場しのぎに改正したことを示す当然の声明であった。
犯罪の合法化は、じつは、もうひとつあったのだ。
自民党の中曽根内閣は、「労基法外の労働力(名ばかり個人事業主という“究極の非正規労働者”)」を産業界に根付かせるため、安全な「労基法の潜脱制度」を示した。
その制度は、『労働省労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)』と言う。「労働者性判断基準」によって、労働基準監督署(以下、労基署と略す)が、労働者を労基法から適用除外できるようにするものだった。
すなわち、使用者が労働者に「業務委託(請負)契約」を結ばせれば、「事業者」と見なす制度であった。
この判断基準を労働法学者や裁判官、弁護士などの専門家は、通称で「昭和60年報告」と呼ぶ。これからは、労基法の潜脱制度を総称するものとして、昭和60年報告と呼称したいと思う。
労働省労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)1985年12月19日
犯罪の合法化から3年近くが経ち、政権は「竹下内閣」に変わっていた。おそらく“最初の犠牲者”となったのは、芸能人だった。
当時のジャニーズ事務所所属、人気アイドルグループ『光GENJI』のメンバー2人のことである。彼らは当時15歳未満だったが、芸能活動を行っており、夜の生放送番組にも出演していた。
こうした事実を知った労基署は、ジャニーズ事務所に対して「労基法違反の疑い」で、調査に入ったのである。
しかし、労基署は、「昭和60年報告」を根拠として光GENJIのメンバー2人を「労働者ではない」としたのだ。これによって、ジャニーズ事務所に対する労基法違反の嫌疑も晴れた。
つまり、少年たちは、労基法から適用除外され、「事業者」とされたのである。
中曽根内閣は、昭和60年報告により“労基法外”とすれば、15歳未満の児童であっても「労働」と「深夜労働」ができるようにしたのだ。
法令遵守すべき政府が脱法した衝撃は小さいはずがない。
労働省は「昭和63年7月30日基収355号」通達を出して、全国の関係部署に周知した。これが、いわゆる「芸能タレント通達」や「光GENJI通達」と呼ばれたものである。
ところが憲法第27条第3項は、「③児童は、これを酷使してはならない。」と規定する。児童とは、児童福祉法第4条第1項に「この法律で、児童とは、満十八歳に満たない者をいい、 (後略) 」とある。
厚労省が作成した『各種法令による児童等の年齢区分』によれば、おおむね「18歳未満の者」が児童と解されるようだ。
各種法令による児童等の年齢区分(厚生労働省作成)
憲法に反するだけでなく、労基法第56条第1項は具体的に「15歳未満の労働」を禁じており、同法第61条第1項も「15歳以下の深夜労働」を禁止している。
昭和60年報告は、中曽根政権が「労基法だけ」を狙った潜脱制度であるがゆえに、さまざまな法律に矛盾を生じさせていた。
たとえば、2000年(平成12年)4月13日、国会の衆議院青少年問題に関する特別委員会において、坂上善秀議員の質疑がそれであった。
まず、労働省労働基準局長(当時)に対して、つぎのように質問する。
(前略) ホリプロは摘発されてジャニーズ事務所は許されるというのはおかしいのではないかという声をよく聞きました。 (中略)
ジャニーズ事務所に対する報道がある以上、少年たちの教育的な見地から、事務所の実態調査を行い、必要な指導を行うべきではないかと思います。 (後略) その後の指導監督はいかがになっておりますか、お伺いをいたします。
ホリプロ所属のタレントが深夜に出演したことで、労基署が摘発した経緯の質問であった。また、文部省初等中等教育局長にも、つぎのような質問があった。
ジャニーズ事務所では、中学生の少年に平日のドラマの仕事が入る (中略) 学校教育法では、児童の使用者が「義務教育を受けることを妨げてはならない。」とありますが、いわゆる芸能プロダクション、学校長、子供に対してどのような指導をされておるのか、お伺いをいたします。
ようするにフリーランスならば、義務教育の児童であっても、労基法や学校教育法が無視されてもOKなのかという質問であった。
そして、つぎの質問が“極めつけ”である。
うちの現在高校二年生の息子も (中略) ジャニーズジュニアをしていました (中略) 息子から聞いたのは (中略) 先輩のジュニアから、もしジャニー喜多川さんから、ユー、今夜はホテルに泊まりなさいと言われたとき、多分ホモされるかもしれないけれども、それを断ったら次から呼ばれなくなるから我慢しろと教えられたそうであります。
ジャニー喜多川氏は、親や親権者にかわって児童を預かる立場であります。 (中略) その児童に対して性的な行為を強要する。もしこれが事実とすれば、これは児童虐待に当たるのではありませんか。
厚生省児童家庭局長は、これに「児童虐待ではない」と、つぎのように答弁した。
(前略) 私ども、手引で言うところの児童虐待には当たらないというふうに考えております。
第147回国会 衆議院 青少年問題に関する特別委員会 第5号 平成12年4月13日 発言番号039 厚生省児童家庭局長真野章
厚生省が手引きに規定した定義に該当しないから違法でないと言うのだ。質問した坂上議員さえも、「その判断はおかしい」と言及している。
この質疑にはないが、当時の刑法では「177条(強姦罪)」が該当する。しかし、被害者は「女性」に限定され、男児への強制わいせつは犯罪ではなかった。2017年(平成29年)に明治40年制定「刑法」は、110年ぶりに改正され、男性も被害者に加えられた。
さまざまな法律との矛盾解消どころか、国会・労基署・警察、メディアでさえも“放置”した結果、ジャニー喜多川氏の性加害は増え続けたのである。
本来ならば、こうした憲法に反する「昭和60年報告」という国の“制度設計”は無効であるはずだ。憲法には、つぎのようになっている。
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
日本国憲法第10章最高法規第98条第1項